『ものづくり企業の管理会計』(上總康行・長坂悦敬:中央経済社)
「製造業が現場で使う管理会計本だろう」と思ってタイトル買いしたが、内容はガチのアカデミアスタイルだった!
管理会計のゼミではこんなことやってるのかーと思える論文が10本入っていて、どれもとても興味深いテーマであった。
第1章 日本的経営における機会損失管理と固定費管理
- 現場で無駄の排除やリードタイム短縮などの改善活動を行うことで、生産能力を増大させる。
- これは「余剰生産能力を創り出す」ということであり、売上増に繋がらなければ「機会損失を発生させる」ことに他ならない。
- ここで雇用削減を行うのではなく、固定費となっている人的・有形資産を活用して経営改革を行い、受注増につなげて機会損失を回避する。これが日本企業のとってきた道。
第2章 投資評価における統合的リスク評価の可能性
- 三井住友銀行がプロジェクトファイナンスを行う時の評価方法について開設されている。
- 親会社ではなく、子会社が行うプロジェクトに対して融資を行うケース(=親会社に返済を求めることができない)
- 事業リスクと得点つけの表が勉強になる。
第3章 工程シミュレーションと管理会計
- レイアウト・プロセス所要時間・人数などを変化させた工程シミュレーションに基づいて、製造現場における管理会計の数字がどの程度変化するかを事前に見積もる取り組み。
- 目標値と実績値の差分からフィードバックをかけるだけでなく、フィードフォワードに繋がっている。
第4章 アメーバ経営の多様性と採算表比較
- アメーバ経営を取り入れたカーテンメーカー「カズマ」の事例。
- 「季節性が高くて繁閑の売上変動が激しく、在庫が常時存在する」「生産管理部が需要予測を行うが、予測の当たり外れの影響を受けるのが現場になってしまう」など、京セラのビジネスモデルとの違いからくるギャップをどのように埋めて行くのかがテーマ。
第5章 アメーバ経営の導入効果の検証
アメーバ経営を導入した企業で下記の仮説を定量分析で検証している。
- 時間あたり採算の予定が高まって行く傾向はあるか
- 前月の実績などは当月の予定に正の影響を与えるか
- 前月に時間あたり採算の目標達成に成功したら、当月はさらに高い目標を設定しているか
- 時間あたり採算の変化はアメーバ間で連鎖するか
検証されてるのがすげえ・・・
第6章 高品質と低コストの同時追求
- 品質向上と原価低減は製造業では共に重要であるが、潜在的にはコンフリクトを起こす。
- 外食産業の「チタカ」はこのコンフリクトをどのように克服したかを調べた事例研究。
- 食品の産地偽装や期限切れ原材料の使用がニュースとなり、企業経営に致命的な影響を与えることが明らかになっていた。経営者が品質管理を優先することを明言したことで、検査や清掃は必ず行うこととなった。
- その一方で、品質管理の時間で少し遅れをとった部分に対して、原価低減活動をしっかり行うというマネジメントが行われていた。
- 不祥事を回避しながらもコストを下げようという意識に基づいた活動であった。
第7章 ソフトウェア開発における品質コストマネジメント
品質コストは下記の通りに分類される。
- 予防コスト:不具合を予防する活動にかかるコスト(検査・工程解析など)
- 評価コスト:製品の状態をテストするためのコスト(出荷前テスト)
- 内部失敗コスト:出荷前の発見された不具合に対応するコスト(手直しなど)
- 外部失敗コスト:出荷後に発見された不具合に対応するコスト(クレーム対応、回収など)
前2者を品質適合コスト、後2者を品質不適合コストと呼ぶ。
- 時間の経過によって、品質コストがどのように推移するかを製造装置の組み込みソフトウェア開発事業で調査した。内部失敗コストは定量的に調査するには手間が掛かりすぎることもあって、本調査では計測していない。
- 15分単位の工数を記録することで、金額に換算してコスト評価を行った結果、品質コストを測定する行為があることで品質への意識が高まった。手直しにいくら掛かっているかが明確になったが大きい。クレーム件数などの物量尺度の評価以上に効果があった。また、協力企業で発生する品質コスト低減にも効果があった。
- 予防コスト率・評価コスト率・外部失敗コスト率の間に、時間を置いて相関関係が現れる(予防・評価コスト率が高まると、外部失敗コスト率が低下する)
第8章 中国におけるものづくり企業の管理会計
- 2008年以降の中国家電メーカー「ハイアール」の会計制度に関する事例研究。
- 中国における管理会計は国家からの制度的な規制が強く、責任・権限・利益を結合させた責任会計が重んじられてきた。
- ハイアールではSBU(自主経営体)に分けられ、経営業績を測定して社員個人の報酬とも連動するようにしている。
- 今やすっかりグローバル企業になっており、管理会計自体も進歩している。
第9章 生産管理の課題への臨床会計学からの接近
<限界利益の定義>
経済学:ある財を1単位多く生産することによって得られる利益
経済学:ある財を1単位多く生産することによって得られる利益
会計学:売上高から変動費を控除したもの
- 経済学では売上高1単位に対応しているが、会計学では会計期間1単位に対応している。会計期間1単における収益の増加が当期の売上であり、費用の増加が変動費。その差分が会計学における限界利益と言うこと。
- 管理会計では時間軸に対応しているため、横軸に営業日をとって損益分岐点に対して累積限界利益がどう推移しているかの進捗表を示すことができる。限界利益線に対して足りない分が機会損失となる。
第10章 テキストマイニング技術を応用した工場診断
- 工場を視察して、プロセスや情報化の度合いなどについて青ラベル(良かった点)・赤ラベル(問題点)にコメントを書き込む。
- これをテーマで分類分けした上で、親和図法でまとめて解析などを行なってきたが、テキストマイニングでコンピュータ処理を行えるようになった。
- 結果として、工場間の比較を定量的に行えるようになった。
企業によって工場のカラーや問題点が全く異なる様子が良くわかって面白い。
完璧に余談だが、第9章の「固有世界への弁証法的な関わり」「二重の身体性」「多重な再帰的関係」と言うキーワードが、どこか厨二っぽいのがヒットだった(笑)
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