『イノベーション破壊と共鳴』(山口栄一:NTT出版)
『イノベーションはなぜ途絶えたか 科学立国日本の危機』(山口栄一:ちくま新書)
元物理学者で現在はイノベーションの研究をしている山口氏の著書。
まず読むのにオススメは新書の方だね。ハードカバーの方は半導体の開発の歴史を振り返りながら解説していくので、分野知識がないとやや読みづらいかも。
【イノベーション・ダイヤグラム】
科学的な発見そのもの(創造された知)は経済的価値を生まない。開発(知の具現化)を行って製品・サービスに取り入れて世の中に送り出すことで市場を創出する。
そこで、研究と開発で軸を分けて、イノベーションの進みを図式化したものが山口氏のイノベーション・ダイヤグラム。
日経テクノロジーonline「儲けようと開発しても儲からない」の図を引用
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X軸に知の創造(研究)、Y軸に知の具現化(開発)を取り、製品の研究開発の流れを図式化している。Y軸方向で程度の高い方は具現化(製品化・実用化)して、表に出ている形式知となっている。一方で程度の低い方は科学的発見の応用先がまだ決まっておらず、土壌の中の暗黙知とされている。
企業としては研究して得た知を具現化することで経済的価値に変換しなくてはならない。さらに、既に確立した技術を磨いて高度化することで、より良い製品にして利益を増やしていこうとする動きもある。(クリステンセンの持続的イノベーションに該当)
しかしながら、特定の確立した技術を起点にしている限り、やがて競合もキャッチアップしてくる。原理的な物理上限に行き当たることもあって行き詰まってしまう。
そこで、新たな知を創造するためには一旦土壌の中に潜り込み、新たな科学的な知から芽を出さなくてはならない。
例えば使用する金属を変えたり、製造時の加熱条件を変化させたりしながら性能改善を繰り返して行ったとしても、その構造・物理現象を使っている限りは限界に突き当たる。
さらに詳細に改善条件を探索するか、一旦このデバイス構造を諦めて別の駆動原理を模索するかの意思決定のタイミングがやってくるのだが、成功体験や実績があるがゆえに、上手くいくかさっぱりわからない知識に勝負をかけるのはリスクが高いと感じるだろう。
【SBIR 日米の比較】
アメリカのSBIRは科学行政官が具体的なテーマを設定して中小企業を募り、選考に通った企業にまとまった賞金を提供する。開発が成功して商業化の目処がたった企業に対してはベンチャーキャピタルを紹介することでイノベーションを実用化している。賞金によって死の谷を超えてビジネスを形にし、それから投資を入れるスキームにすることで、スタートアップを支援している。
一方、日本のSBIRは中小企業支援政策としての意味合いが強い。
【コメント】
ダイヤグラムではイノベーションが成就した事例で描いた上で、失敗事例はそのラインに乗ることができなかったという形で説明されている。実際にはR&D組織全体の知で考えた時、土壌の下には芽吹くのかどうかわからない無数の知がゴロゴロしているはず。
液晶とは異なる原理のプラズマは一斉を風靡したものの市場からは姿を消し、表面伝導型電子放出素子に至っては量産にいたることができなかった。有機ELは原理的には長らく注目を集め続けたものの、芽吹くまで投資を継続できた企業はごく少数だった。
そもそも今の技術の土台を放棄して別の原理を探索するというのは心理的な障壁が高い。リスクにチャレンジするのは投資家や経営者に加えて、科学者・研究者にも求められるのかもね。
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