2018年9月27日木曜日

20180926:一橋大学 先端科学技術とイノベーション第1回「iPS細胞研究に伴う倫理的課題」

京都大学iPS細胞研究所 藤田みさおさんの講演会に参加するため、一橋大学千代田キャンパスに潜入。高いビルだなー(お上りさん)

出先でもガンダム写真が撮れるように、コースターをバッグに常備することにした(笑)



医学研究者が研究するときに従うべきルールやガイドラインは大量に存在する。その上、毎年ガイドラインが更新される。臨床研究法が制定されて指針も変わる。研究には倫理的課題がある。それを逸脱しないためにはどうすればよいか?を考え続けることが大切。
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ES細胞について>
  • 1998年に発見・作られたES細胞はどんな細胞にも分化して増えることができる。そのため医療に応用されると、細胞が痛んで治療法がなかった病気であっても、元気な細胞に入れ替えれば治る可能性がでてくる。万能細胞として期待されたが、ES細胞は倫理的な課題を持っていた。精子と卵子ができて受精卵ができるが、発生途中の受精卵を壊さないと作れない。病気の人の役に立つからといって壊して良いのだろうか?
  • 「医学の発展のために使うべきだ!」という意見もあれば「そうはいっても、お母さんの子宮に戻したら子供になるのだから、壊すのはいかがなものか」という意見も存在する。このように正面から対立した2つの選択肢のうち1つを選ぶことでは解決しない問題が倫理的課題。
  • 国の報告書では受精胚を「人の生命の萌芽」と表現し「人や生命ではないが、ものではない」という定義をした。例外的に研究に使っても良いけれど、そのための条件を付すことにした(平成16年)
  • ES細胞否定派であったのがブッシュ政権下のアメリカ。社会の中でも保守的キリスト教が共和党の支持基盤になっていた影響。「受精した瞬間から人と同じ存在であり、それを壊すのは人殺しでもある」との主張の元、アメリカではES細胞研究に国の予算がつかなくなった。ES細胞にはせっかくたくさんの可能性を持っているのに、受精胚を使わずにできないだろうか?という期待があった。


iPS細胞>
  • 2006年にはマウスで、2007年にはヒトの皮膚から、どんどん増えて何にでもなれる細胞(iPS細胞)を作ることができた。今では血液からでも作れる。これで山中先生はノーベル賞を受賞した。
  • オックスフォード大学の哲学者のジュリアン教授は「iPS細胞はノーベル生理学賞・医学賞のみならず倫理学賞にも値する。それくらいインパクトのあるできごとだった」と述べたくらい、倫理面でのインパクトも大きかった。
  • 一方、2007年に皮膚細胞からiPS細胞ができたとき、その数日後に「文科省倫理面を検討へ。審議会で倫理面の問題について検討することを決めた」という新聞報道があった。倫理面の問題を克服したのがiPS細胞ではなかったのか?


iPS細胞を使った臨床研究に関する問い】
  • iPS細胞を使った臨床研究のため、あなたは細胞医療を受けたいだろうか?
  • 実際の治験では「二重盲検化プラセボ対象試験」という形式が取られるため、このように問われることはない。


<二重盲検化プラセボ対象試験>
  • 医療を受けるグループと受けないグループに分かれて医療の効果を評価する研究。
  • クジ:被験者のグループ分けはクジを使い、両グループの性質を均等にする
  • プラセボグループ:医療を受けないグループにもプラセボを処方し、細胞医療効果を厳密に評価する
  • 二重盲検化:参加者にも研究者にも誰が医療を受けているか分からないようにしてバイアスを避ける


<治療との誤解>
  • 1980年代から米国アッペルバウムが指摘している問題。二重盲検化プラセボ対象試験が採用されているにも関わらず、被験者側は「自分に効果的な医療が選択されているに違いない」と誤解してしまう。また、研究に参加したことによる効果を不合理に高く見積もってしまう。
  • 治療と研究は違う。治療とはリスクや負担よりも患者が受ける利益が上回ったときに提供されるサービス。一方で、研究では目の前の患者への直接的利益は考えられていない。むしろ利益はないこともあるし、リスクすらある。


<ヘルシンキ宣言>
  • 世界医師会が出しているもので、医学研究をする人が守るガイドラインであり バイブルと言える。
  • 「人間を対象とする医学研究は、その目的の重要性が被験者のリスクおよび負担を上回る場合に限り行うことができる」と定めており、研究参加者へのリスクや負担・医学研究の目的の重要性を述べている。
  • インフォームドコンセントが重要。インフォームドコンセントを与える能力がある個人を本人の自主的な承諾なしに研究に参加させてはならない。
  • 「適切な説明を受け」「十分に理解した上で」「参加を同意(あるいは拒否)すること」を求めている。
  • 医学研究と治療と間で誤解があると、非常に重要なインフォームドコンセントが成立しない可能性がある。治療は目の前の患者に約立つものであるが、研究は将来の患者のために行うものである。しかし、人間にはリスクや負担を過少評価して、自己の利益の過大評価をしてしまう特徴があるので注意する必要がある。
  • 臨床研究は生命倫理でも大きなトピックスになっている。新しい治療法を待つ患者には朗報であるが、研究の課程では効果や安全性については分からないし、逆に害があるかもしれない。研究を闇雲に進めても危ないが、全て禁止すると進まなくなってしまう。
  • 2017年に「水虫から末期ガンまで」と称して臍帯血を「再生医療」と称して数百万円で売っていた事件があった。
  • 臍帯血の再生医療が無届けで実施されていたもので、実施有効性・安全性の面からの問題視されていた。白血病やリンパ腫に造血幹細胞の移植を行うことは有効と言われていたが、臍帯血を使った診療が科学的に効くとは言われていなかった。その状態で数百万円という価格で自由診療を提供していた。嘘だろうと思えるものの「再生医療」というキーワードで被害者を誤解させていた。
  • 臨床研究は治験がようやく始まったところで、治療との間には厳然とする壁がある。京都大学はパーキンソン病治験を開始するとし、2022年にも国に承認申請をする予定であることを発表した段階。



【ブタの体内で作るヒトの移植臓器に関する問い】
  • ブタの受精卵に遺伝子操作を行うことで、特定の臓器ができないブタを作ることができる。これにヒトのiPS細胞を入れることで、ヒトの臓器を持つブタを作ることができる。(理論的には)
  • アメリカのソーク研究所では4週間成長させたブタの受精卵にヒトのiPS細胞を入れて戻したところ、子ブタの細胞の一部がヒトの細胞になっていた様子が報告されている。
  • 動物内でヒトの臓器を作ることができれば、移植することもできるし、より詳細な薬物の実験ができる。ブタとヒトの細胞が混ざった胚から、人の臓器を持ったブタを作る研究が技術的に実現しそうな時代になっている。このような研究を今後進めるべきだろうか?どこまでの研究であれば許容されるだろうか?


  • アメリカのNIHはこの研究にお金を出さないと言っている。しかし、カリフォルニア州では認めており、たくさんお金を集めている。実験用のブタが6,000頭いて、ほとんど牧場みたい。
  • 米国は助成の一時停止を宣言した一方で、英国ではガイドラインの整理を開始した。


  • 動物性集合胚研究と言われ、ヒトのiPS細胞を動物の胚に注入することで、ヒト細胞でできた臓器を持つ動物ができる。これには倫理的な課題が存在する。
  • 神経や脳がヒト細胞で出来た動物はどうなるだろうか?生殖細胞がヒトの細胞になったらどうなるだろうか?神経細胞にヒトの細胞が散らばってしまうと、ヒトと同等の認知能力を持つこともあるのではないか?その動物は動物実験に使って良いのだろうか?ヒトの細胞が含まれる割合で線引きできるだろうか? 技術の進化によって、人と動物の境目があいまいになっている。
  • 臓器移植を待つ人が国内で年間1万数千人いるが、脳死臓器移植の数は足りない。これを増やすという努力も行えない。臓器に対するニーズは存在する。
  • 動物の組織を使った医療はすでに存在しており、動物組織から作られた心臓弁が導入されている。しかし、動物を臓器工場にして良いのだろうか?
  • iPS細胞には胚を殺すことがないので倫理的課題をクリアできるというメリットがあったはずなのに、倫理的な問題が生じている。審議会では「社会的な合意が必要だ」と言われることも多いが、それは得られるものだろうか?一致させられるのだろうか?
  • アンケート調査の結果、研究者は技術に多くの期待を寄せているが、大きな不安も抱えている。だからといって研究をストップすべきとは考えていないし、科学技術によって克服できると思っている。
  • この問題をお坊さんと議論したとき「仏教では動物の命を犠牲にすることは否定していない。しかし、その命を大事に扱うことを要求する」と言っていた。
  • 日本では「特定胚の取り扱いに関する指針」が出され、ヒトとブタの細胞が混ざった胚を作るところまでは認められている。その胚を母体に戻して動物を作るところから先はみとめられていない。文科省ではヒト細胞でできた臓器を持つブタを作る研究は認められる流れだが、研究のルールは国によっても人によっても異なる。


iPS細胞から作った人間に関する問い】
  • iPS細胞から精子や卵子を作って受精させ、人間を作ることが理論的に可能になったが、研究をどんどん進めるべきだろうか?


こちらの写真はアーティストの長谷川愛さんの作品「(不)可能な子供」。同性カップルの2人の遺伝情報を遺伝子解析サービス「23andMe」で取得し、2人の遺伝子から出来た子供をシミュレートした。
引用元:http://aihasegawa.info/?works=impossible-baby-case-01-asako-moriga

  • 感受性を刺激する作品になっている。理論的には可能だが、コスト・成功率・倫理の面で実現していない。
  • 京都大学はヒトiPSから卵子の元である卵原細胞を作ることに成功している。マウスでは精子・卵子ができており、iPS細胞から作って子マウスが生まれるところまで確認できている。
  • 日本では生殖補助診療を規制する法律がないことが懸念されているポイント。生殖細胞を作るところまでは認められているが、受精して受精卵を作るところは認められていない。中絶胎児を使う実験についても法律や規制がなく、個人ベースで入手することになっている。これを問題視する研究者もいる。


14日ルール>
  • 人の胚を使った研究ではルールづくりが追いついていない。30年くらい前に英国で言われ始めたゴールデンスタンダードで、受精してどんどん人に近づいていく。これを研究に使うためには14日までならOKとするもの。
  • 14日を過ぎて原始線状が出ると、個体としての発生が開始される。中枢神経系の兆候があるので痛みを感じるかもしれない。一卵性双生児となる限界で、原始線状が出ると双子になる可能性が消える。個としてのアイデンティティが生まれるのが14日という結果で、研究者間で共有するにはわかりやすいルールだった。
  • 胚オルガノイド(胚のようなもの):人のES細胞に直接操作を加えて、人の胚と同じではないが、内胚葉・中胚葉・外胚葉を持っている胚のようなものができたという報告がなされた。これは厳密では胚ではないので、これまで出来なかった研究ができる。
  • 胚の対外培養13日成功:イギリスで2016年に報告された。人の胚を13日間シャーレの中で発生させて観察していた。ここまでは9日間が最長だった。シャーレで4日多く観察できたことで、多くの情報が得られた。しかし、14日ルールがあるので13日までで観察を終了した。研究者にとっては、面白い映画で、これからますます面白くなることがわかっているのに見るのを辞めなくてはならないという気持ち。14日ルールを再考すべきではないか?という議論が持ち上がっているが、14日以外では何日が良いのか?そのルールは持っていない。
  • イスラム教では宗派によって「受精して40日もしくは120日以降はヒトして扱う」と言われている。しかし、そうしないのは14日ルールが国大標準として扱われているから。論文を書いても認められないのでは研究しても意味がない。



  • もはやSFの話ではなくなってきた。子宮に戻さない基礎研究ならOKではないか?戻して子供を産むのは禁止しようという議論もある。
  • 人口子宮:早産してしまった子羊(超未熟児)をバイオバッグにいれて、数日間育てたというもの。そのまま成長して生まれて1年経った子羊もいる。子宮を最初から代替するものではなく、あくまでも早産の子供を人口呼吸器に入れるまでの間をつなぐものとして実験がなされた。母体に戻さなくても人口子宮なら良いのかという議論も生じうる。


【生命倫理】
  • 正解はない・国によっても違う・技術が変われば規制も変わるという問題。
  • 新しい学問で1970年代頃にアメリカで生まれた。
  • 人口呼吸器が発展したことで脳死者が生まれるようになった。(その技術が生まれるまでは脳死状態からそのまま死亡していた)医療従事者も研究者も考えたことがない、価値観で判断できない問題が生まれるようになった。
  • 技術が生まれたばっかりの段階で問題を整理しておかないとダメになってしまうケースもある。


<体外受精のケース>
  • 1980年代くらいでイギリスで対外受精に成功した。体の外で受精して母の体内に戻すもので、不妊に悩む夫婦に朗報と言われたが「そんなことして良いのか?」「神の領域に踏み込んでいる」と考える人も多かった。新聞記事では「医学の独走に歯止めを」などとも言われた。
  • 徳島大学で最初に倫理委員会ができた。科学者・哲学者・法律学者・一般市民などが集まって議論して社会に発信していった。現在では対外受精はクラスに12人はいる計算になるくらい普及している。


<脳死・臓器移植のケース>
  • 1969年に脳死者から心臓を摘出して移植した。日本で初めての事例だった。
  • 最初は命を救ったと歓迎されたものの、移植を受けた患者がなくなった途端、潮目が変わった。「臓器は本当に摘出して良かったのか?」「意思決定は医師1人だけで独断で決まったのではないか」と批判を浴びることになった。
  • これがトラウマになって、日本で長らく臓器移植が発展しない契機になった。


【まとめ】
  • 生まれたばかりの技術の発展段階で倫理問題を取り上げておくことは重要。
  • iPS細胞研究は医療に良い道と乱用される道のどちらか2つで、選んでも選んでも、進んでも進んでも常に岐路に立っている。
  • 日本が政策を作る速度が極めて遅い。生命倫理に詳しい人がもっと必要。事務局・官庁のスピードが遅い。
  • 多数決が正しいとも言い切れない。生命倫理には下記の2種類が存在する。
  • 記述倫理:実情がどうなっているのか?を記述する。アンケートをとって多くが賛成したから正しいとは限らないし、多数が賛成した案が適切な答えに導かれるとも限らない。
  • 規範倫理:論理的に哲学的に議論していく。



【感想】
  • イノベーションとは障害を乗り越えていくものであるが、技術上の課題や資源配分に限らず、倫理上の問題がここまで大きいのかと驚いた。
  • 国の報告書の中では「合意形成が重要」とよく見かけるが、教室でのディスカッションでも一致した見解にまとまることなど無かった。難しさというか、どのように制御すべきかは常に考えなくてはならない問題と実感することができた。
  • 技術的に可能になっている要素は多い。考えることを後回しにしていたら、あっという間に現実が先に来てしまいそう。
  • 一橋の椅子は座りやすい。モニタも綺麗。



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