2018年10月6日土曜日

20181006:小規模組織の特性を活かすイノベーションのマネジメント

『小規模組織の特性を活かすイノベーションのマネジメント』(水野由香里:碩学舎)

15年以上に渡って丹念に積み上げた膨大なインタビュー記録に基づいて、中小企業がどのようにイノベーションを起こしたかを明らかにした論文集。

以前に紹介した『イノベーションの理由 資源動員の創造的正当化』が大企業でのイノベーションを解説しているのに対し、本書は中小企業を舞台としているのがちょうど対比的になっている。

<中小企業が単独で取り組むケース>
  • イノベーションに取り組む基本的姿勢を醸成する:積極的に行動し、投資してチャンスをつかむ姿勢を保つ。新規なものに出会い、多様な視点で判断して取り入れることが必要。
  • 来るものは拒まず、失敗しても成功するまでやり続ける:能動的に新しい要素を取り入れて試行錯誤を繰り返し、失敗の経験から学習しながら生み出される。
  • 筋が良いステークホルダーとWin-Winの関係を築く:相手に貢献しつつ自社も成長できるような顧客や取引先などステークホルダーとの縁を大切にする。


内部のマネジメントと行動からダイレクトにイノベーションが実現するケースは多くない。資源に制約がある中小企業にとっては、筋の良いステークホルダーとつながって多様性を確保し、新しい情報を咀嚼して取り込んでイノベーションを起こして行くことが重要。

<補助金採択企業が陥りがちな罠(予備的考察)>
  • イノベーションに対する基本的姿勢や行動規範が出来ていても、事業化の失敗につながる要素が存在する。
  • 補助金申請に必要な、具体的な研究テーマや到達目標の設定によってイノベーションの近視眼が発生する。開発からスタートする補助金では、実用化までを目標として収益化までを想定しないこともある。このようなケースでは顧客ニーズから離れて実用化してしまう恐れがある。
  • 事業化に成功すると補助金の返還義務のある制度もあり、補助金対象事業で利益を出すインセンティブに乏しいケースもある。
  • イノベーションに必要な資金で困っている中小企業が多いので、補助金によって助かるケースも多い。しかし、補助金の制度によってスコープを具体的に限定されることで、ステークホルダーとつながって多様性を高めるアクションにつながらないという懸念。


<産学連携で研究する場合:短期的な関係性>
  • 信頼関係構築:いきなり大きなテーマを掲げて進めない。小規模の共同実験などから始め、お互いの「顔が見える」信頼関係を築く。
  • 目標の明確化:いつまでに何をどうするという、連携によって具体的に何の成果を求めるのかを決定する。
  • 役割の明確化:企業側が研究費を出す以上、成果実現に向けてリーダーシップを発揮してマネジメントを行う。


<ネットワークを構成する場合:長期的な関係性>
  • 組織内部の姿勢づくり・行動規範ができている企業が集まってネットワークを構成する場合、コアとなるメンバーは厳選しておくことが必要。
  • ネットワークとして成立させるためには理念の浸透・活動目的の共有・参画する義務や負荷を担う・メンバー間で技術を差別化しておくことが必要。
  • 多様な知識を獲得しながら、全体をまとめあげるネットワークは2層構造になっている。信頼関係でつながったメンバー企業で強いコアを形成してマネージしつつ、ネットワークを拡大するために弱いつながりのメンバーも確保しておく。
  • ネットワークの多様な知識を活用することで、既存市場に展開する新技術を探索したり、既存技術が活用できる新市場を探索するイノベーションに寄与できる。


【感想】
  • 終章で書かれているように研究者だけでなく、中小企業診断士のような経営支援に関わる人も是非とも読んでもらいたい本。ただし注意点がある。第12章は研究書としての色合いが強い(先行研究が丁寧にレビューされている)ので、人文系の論文を読み慣れてない人が最初から読み進めると、これらの章で挫折する可能性が高いと思われる(笑)オススメは実際の企業の事例が登場する第3章から読み始めて、理論に興味が出たら12章に戻るという読み方。資格維持に必要な理論研修はこのような部分をやると面白いのではないかなぁ。
  • 中小企業はリソースが限られるので、日々の仕事で忙しくて開発をする暇がない企業も多い。事業の一環として試作を行いながらイノベーションのヒントを得るのは「研究開発費を補助してもらっている」という解釈が紹介されていて、確かにそのとおりだと思った。
  • ものづくり補助金やIT補助金などの申請書は結構なボリュームがあるが、計画やアイディアが全て言語化されることで固定されて柔軟性は失われてしまう。ルールの上では「当初の計画から変化OK」と言われていても、「そのお金の使い方は認められません」などと言われて補助金の支払いがされないという事態は避けなくてはならない。結果的に申請書に書いたプランに強く影響を受けながら進んでしまうことで、多様性や自由度が制約されて事業化が難航するのかな?と思って見たり。
  • 良いステークホルダーとつながることは本当に大切。「金のなる木」だけではなくて「知恵のなる木」という取引先をどこまで確保できるか?課題を出しまくる相手が良いとは限らず、きちんと見抜かないといけない。






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