企業イノベーション研究会で、今月は清水洋先生の「企業の年齢と硬直性、収益性の日米比較:ヤング・アット・ハートか年の功か」
淺羽先生による紹介:清水先生は若手のホープと言われ続けて長い(笑)私もファンの1人。
【テーマ】
経営資源(お金・人・モノと技術)の流動性によって、どのようにイノベーションが起こるのか?
<サミュエル・スレーターのエピソード>
- 1789年、イギリスから21歳の農夫が船でニューヨークに渡った。
- 実は彼は10歳の頃から水力紡績機のある工場で働いていた。
- 当時、イギリスは世界の工場で設計図・工場の配置などは持ち出し禁止で、技術者の海外渡航も禁止していた。
- 一方、アメリカは繊維産業が立ち遅れていて、機械があってもうまくうごかせなかった。そこで、新聞広告を出して技術者を呼び込んでいた。
- アメリカでは産業革命の父と言われているが、イギリスでは裏切り者と罵られた。イギリスからアメリカに渡ったが故にイギリスの競争力が落ち、アメリカの生産性が上がった。
<企業の年齢と硬直性・収益性>
- 事業会社の年齢とROAをプロットすると、アメリカ企業(ニューヨーク上場)は10%程度で高止まりしている一方で、日本企業(東証上場)は13年くらいをピークに下がっている。
- 日本とアメリカでは上場廃止基準が異なる。新陳代謝が違う。上場基準が緩いと残りやすい。日本は株主持ち合いをしていたので、低収益でもが生存できた。アメリカでは収益を高めておかないと生存できない。
- 上場企業の平均年齢を見ると、日本は50年かけて20歳平均年齢が上がった。アメリカは同じ時期に10歳。年の取り方が違う。
- 日米の企業のROAのボラティリティの違いを見てみた。ROAが変動大きいということはリスクを取っているとも考えられる。
- しかし、ボラティリティはそもそものROAの水準によっても違ってくる。アメリカはROAが高く変動幅も大きい。そこで、ボラティリティをROAの平均で割り引いて見たところ、日米でリスクテイクの差は期待したほど見えなかった。
- ROAと年齢に限って、他の要因をコントロールして回帰してみたところ、日米でそれほど大きな違いはなかった。
- ROAを分解して売上高利益率と総資産回転率に分けて比較を行った。結果、年齢によって日本は稼ぐ力(売上高利益率)が落ち、アメリカでは効率性(総資産回転率)が落ちていた。
<デュポン・東洋紡の事例>
- 東洋紡は1882年設立。1960年代から繊維事業からハイテク事業へと脱繊維の方針を検討し始めた。1980年代から工場を閉めようとし始め、2000年代に入ってから工場が閉鎖された。
- これはNHKのプロジェクトXに出てきそうな涙の物語。地域の雇用・商店街の理解・工場で働いていた人が誰も失業者にならないことなどに気を配り、再就職先を見つけてから工場を閉めた。地域では感謝の垂れ幕が掲げられた。
- デュポンは1802年設立。売り上げの4割を農業関連が占めるが、収益性の悪くなった事業を売って、ベンチャーを買ってくる。看板はおじいちゃんだが、体の中身を見てみると新しい事業がある。
- 日本企業は新しい事業への転換に長い時間がかかっている。不採算の事業を清算できないため、新規ビジネスをやっていても全体の収益性が上がらない。
<事業の硬直性>
- 上場会社で研究開発をしている事業会社が取得している特許を対象とした。
- 特許のIPC技術分類に基づいて、今年の特許ポートフォリオと5年前の特許ポートフォリオのデータから両者の技術距離を測定し、硬直性を算出した。硬直性が1であれば5年前と特許ポートフォリオ(技術分類)が変わらない。ゼロならば完全に入れ替わっている。
- 日本もアメリカも企業の年齢とともに硬直化する(5年前と特許ポートフォリオがあまり変わらなくなる)日本では設立後30年で0.6を超えるが、アメリカでは同水準になるのに100年かかる。
- この硬直性の差は事業をM&Aで頻繁に入れ替えられるアメリカと、なかなか入れ替えられない日本の差とも考えられる。
【スピンアウトとイノベーション】
- シリコンバレーモデルでは、リスクマネーが供給され、知識ハブとなる大学や研究機関が存在し、高いスキルを持った人材の流動性が高いとイノベーションが起きやすいとされている。
- 既存企業で生み出された知識をそのままビジネスにできれば良いが、自社の競争力を削ぐ懸念がある場合は事業化されない。そのため、ビジネス機会を求めてスピンアウトしてくれると流動性は高くなる。
- 経営資源の流動性を高めると、イノベーションは促進するのだろうか?流動性は何にとって良いのか?
<ジェネラル・パーパス・テクノロジー>
- 汎用性の高い技術は多くの領域に応用され、大きな波及効果を生む。非常に生産性の高い技術が生まれると、社会全体の生産性も高まる。これらは最初から「はい出来ました」とはならない。累積的なイノベーションによって使える技術になっていく。
- 幹の太い技術を育て、多くの果実を摘み取ると良いのだが、技術の流動性を高めると何が起こるのか?を研究した。
- 半導体レーザーは世の中で使われており、光ファイバーの中を通る光源やCDやDVDのディスクの読み取り用途に用いられている。
- 光通信用の半導体レーザーの技術の軌道を見てみると、1960年代~70年代はアメリカの企業ばかりだったが、1980年代になってくるとNTTや富士通とかになってくる。
- 1980年代以降、アメリカで基盤技術におけるブレイクスルーが出なくなった。1980年代から流動性が高くなって研究開発投資がサブマーケットに拡散しはじめた。
- RCAが1967年にスピンアウトしたときは技術が未熟すぎた。
- 1984年にグレッグ・オルソンが当時業界トップのRCAからスピンアウトして受光器を作るスタートアップを立ち上げて大成功した。その後、暗視カメラを作る企業を初めてこれも大成功してイグジットした。宇宙旅行をした3番目の民間人で、自宅にインタビューに行ったら宇宙服が記念に飾られていた!
- ドナルド・サイファーは1983年にゼロックスからスピンアウトした。レーザープリンタ用のレーザーをやっていたが、宇宙衛星間の通信をするベンチャーを立ち上げた。これらのスピンアウトは1982年ごろから出てくるようになった。
- 半導体レーザーの特許で引用回数からh-indexを作成し、トップ1%を見てみた。アメリカ100人・日本90人だったが、会社を一度も移動していないのはアメリカで25%だったが、日本では82%に登っている。アメリカでは転職している方が一般的。既存からスタートアップ、スタートアップからスタートアップへの移動が多かった。
- これはスタートアップの間でサブマーケットをめぐるスピンアウト競争が激しくなっていて、早めに出る、ダメなら新しいチャレンジをするという状況だった。
- アメリカのシンクタンクが半導体レーザーを調べたレポートによると、アメリカでは専門化した小さなニッチ市場をターゲットにしている。
- アメリカは既存のトラジェクトリー上ではなくてサブマーケット側の開拓が進む。結果、日本とは資源配分のパターンが違ってくる。
- アメリカでは早い段階で未開拓の市場に向かいやすい。トラジェクトリの外で起こりやすい。日本では小さな未開拓市場に向かいにくい。
- 半導体レーザーの基盤技術で取られた累積特許は1980年代くらいまでは日米で同じくらいだったが、その後アメリカはスピードダウンした。
- 本来は技術が成熟したときにスピンアウトした方が良い。未熟だと追加投資が必要となるため、参入スピード競争が発生してタイミングが前倒しされてくる。早い段階で参入が行われると、技術開発を行う資源(ヒト・モノ・カネ)がサブマーケットに流出するため、累積的な基盤技術開発の水準は一旦毀損すると考えられる。
- この時期、資金の流動性が高まった。SBIRプログラムがスタートし、DARPAによる研究資金提供が行われた。資金調達が容易であったと思われる。
<労働の流動性と技術の継続性>
- アメリカのPeter Zoryは半導体レーザーの研究で企業を渡り歩き、各企業でレーザーの研究を行った後、大学教員になった。個々の企業の在職年数はかなり短かったが、企業をまたがって一貫して半導体レーザーの研究を継続することができた。
- 一方で日本では「日本企業は長期的視点を持って技術投資をしている」などと言われているが、技術の継続性やスターサイエンティスト選択基準は明確化していなかった。企業が事業継続を断念したら、自分も断念して社内の別の職場に入っていた。
- 半導体レーザーでは三菱電機が強かった。世界をリードしていたのは、三菱とRCA。あとちょっとのところでノーベル賞の人もいた。1960年代に半導体レーザーをやめた。まだまだ基礎的な技術が足りなかった。LEDに行って、半導体レーザーに帰ってこなかった。赤崎さんも松下から名古屋大学に動いたからノーベル賞が取れた。継続性が担保されやすい。
- 富士フイルムとコダックを比較して、同じフィルム会社だが富士フイルムは自己革新できて生き残ったが、コダックは生き残れなかったと解釈する人もいる。技術レベルで見ると、コダックの方が良い研究者がいたし、コダックからはスピンアウトが起きて、彼らはヘルスケアに行っていた。
- 日米では社会制度が違う。脱成熟が早いのはスピードだけで見ればアメリカの方が早い。そのクオリティはこれから考えなくてはならない。
<イノベーションのコスト負担>
- Private cost:企業の研究開発・事業化コスト
- Social cost:基盤的な研究開発・教育・負の外部生(破壊される側)
- 流動性が高まるとSocial costが高まると考えられる。
- 日本は企業がSocial costを一部負担している。従業員を解雇できず、生産性が低くても社内に抱えている。アメリカは国民が広く負担しているのではないか?
- 結果、日本では収益性は低下するが、社会的安定性(低失業率)が改善される。一方アメリカでは収益性は高いが、社会的安定性(高失業率)が低くなってしまう。
- 労働の流動性を高めて、担っていた職を海外に移した結果生産性が良くなる。どうやって流動性の高い社会を作って行くのか?という問題がある。
- 日本TFPの貢献を見てみると、1960年代の高度経済成長期はプラスだが、1970年代はネガティブだった。早い段階からなくなってきている。逆にアメリカにはアップダウンがある。
- Social costを企業が負担すると依存関係を作ってしまう。研究者が本来追求すべき点と、企業の組織の論理が乖離してしまう。アメリカは自分が研究環境の良いところに移動しなくてはならない。
<オープンイノベーション>
- オープンイノベーションは本業ではなくて補完財でやるべき。そうするとNIHが起きない。
- GEでジェットエンジンを作っているとき、ブラケットは取り付け具が難しかった。強度が必要だが、軽くしたいという要請も強く、ブラケットメーカも困っていた。
- ジェットエンジンを回すとどんな力がかかるかを公開して、ブラケットの設計をオープンに募った。すると、世界から集まってきた優秀なブラケットの設計図が集まってきて、これらを全部オープンにした。その結果、ブラケットメーカーの新規参入が起こって、コモディティになった。ジェットエンジンが本命。ブラケットがボトルネックになると利益を持っていかれる。しかし、ブラケット(補完財)の参入障壁を下げたことで、結果的に自社のジェットエンジンの価値を高めた。
- 既存のブラケットメーカーのお付き合いを根本から変えるという意思決定がないと変えられない。変えようと決められれば変わる。新規ビジネスだったら、サプライヤーとの問題は起こらないだろう。
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