2019年7月23日火曜日

20190722:企業イノベーション研究会 長内先生

規制と規制緩和のどちらがイノベーションを促進するのか?

【概要】



  • 大学の教室内でドローンを飛ばすことすらままならないほど規制だらけの現在。やりたいことがあるのに規制のために手が出せない、という状況はイノベーションを阻害している。しかし、全国一斉に規制を緩和してしまうと、しくじった時のダメージが大きくてより厳しい規制が課せられて封印されかねない。
  • そこで、部分的・時限的に規制を緩和するサンドボックス制度を活用できると、失敗時のダメージを抑えながらトライアンドエラーを進めることができる。これは無駄を管理することで効果的なイノベーションを引き出すことが期待される。
  • 一方で、制約があることがイノベーションを促すとも言われている。適切な環境規制を敷けば企業の競争力が高まるというポーター仮説が有名。自衛隊の戦闘機も厳しい予算制約の中で複数種類のミッションをこなすことを要求された結果、炭素繊維材料の採用というイノベーションを生み出した。排ガスやフロン規制などは企業が進めるべき製品開発の方向性を明瞭にする効果があり、イノベーションのきっかけとなる。


【淺羽先生による紹介】
  • 元々ソニーで勤務していて、イノベーションやエレクトロニクス産業に造詣が深い。国内外のメディアで多くの情報を発信していて、コメントを求めて毎日のように取材が来ている。
  • この研究会にはもっと早くからお呼びしなくてはならなかったが、隠し球として取っておきました(笑)



【規制のサンドボックス制度】
  • サンドボックスとは砂場のこと。
  • 特定の地域を対象として規制を緩和する制度のこと。部分的・時限的に区切って規制を緩和する。
  • サンドボックスは日本だけではなくて、世界でも取り入れられている。深セン・上海・北京など中国の経済特区が良い例。全体で見れば社会主義国で経済が回っているが、部分的に解放されている。
  • IR法案も発想は同様。日本中にカジノを作るとなると問題が大きいが、地域を限定してカジノを作れば経済と風紀をコントロールできるのでは?新しいことをやるときに部分的・時限的に緩和するのは有効な手段



【日本の過剰品質文化】
  • 「日本品質」という言葉はポジティブな意味で使われている。インバウンドで台湾・韓国・中国の消費者には刺さる言葉で、喜んで買っていってもらえる。これらの製品は本当に儲かっているのか?過剰品質がイノベーションを阻害していないだろうか?
  • サンフランシスコのケーブルカーは今でも車掌が運賃を集めている。うまく車掌から逃げてタダ乗りすることもできるし、実際に取りはぐれることもある。小銭を持っていないと伝えると、タダで良いと言われたこともあるくらい。しかし、日本は逆。絶対に運賃を取りはぐれてはいけない、絶対に平等に回収しなくてはならないというスタンスで、莫大なお金を投資してSuicaを導入した。JR規格は非接触ICの基準野中でもかなり厳しい。JRの自動改札で朝のラッシュの処理量でもエラーを起こさないスピードが求められる。そこまで投資して設備を作らないといけないという考えがある。欧米では運賃を取りはぐれたとしてもそれはレアだから、その取りはぐれがないように設備投資する方がもったいないと考えている。
  • アメリカだとレストランで残った料理をドギーバッグで持ち帰るのは当然。しかし、日本ではまずない。食べかけのものを持ち帰って、食中毒など何かあったときに責任追及されると嫌だから。自己責任でやってくれと言えないから、規制がどんどん厳しくなってくる。
  • 中国の深センで、街中でドローンを飛ばせるが、東京のどこでドローンを飛ばせるだろうか?高さや市街地など飛ばしてはいけない場所に関する規制が多く、首都圏はほぼアウト。大学で「ドローンを飛ばしていいですか」と総務にお伺いを立てたところ、安全性の面で却下された。理工学部ですら学内でドローンが飛ばせないという状況。教室の中でドローンを飛ばすなら良いだろうと再度交渉した結果、渋々承諾されたが、メールの文面からはドローンを飛ばして欲しくない気持ちが溢れかえっていた。これをやっていたら、何も作れない。日本の大学がこれだったら、大学の中でドローンが飛ばせない。
  • 首相官邸にドローンが落ちて以来、規制が厳しくなった。何か事故があったら日本は規制を厳しくする。多分これは日本のメンタリティの問題ではないだろうか。


【自己規制(セルフレギュレーション)】
  • 日本製スマートフォンはどんどん減ってきている。かろうじて生き残っているのがソニーで、国内ではシャープと京セラと富士通くらい。海外メーカーと比較すると日本メーカーは圧倒的に利益率が低い。日本の通信キャリアがメイン顧客だが、そこにはdocomo基準とかau基準なるものが存在する。誰も気にしないようなスマホのケースの裏に少しヒケ(小さな凹み)があるだけでも不良品として判断されてしまう。
  • アナログ時代の電気製品は調整して機能を揃えることに人手が掛かっていた。デジタル時代では部品を組み合わせて作り上げれば、同じものができるので調整のプロセスがいらない。本来は工程が減るはずなのだが、日本の場合はトラブルがあるたびに検査工程を増やすので、検品のラインが増えた。作っているのが日本メーカーだから中国の生産拠点でやっても同じことが発生している。日本人は自分で自分に規制を課して儲からない体制にしてしまっている。


【生産性向上特別措置法】
  • 2018年にプロジェクトベースで規制のサンドボックス制度が制定された。
  • パナソニックのPLCシステム(電灯線通信)の家電通信実験を承認した。技術自体はWi-Fiが流行る前の2000年代頭から存在しており、家のコンセントから電灯線を使ってインターネットの信号を流す技術。Wi-Fiで家電をネットワークにつなぐ設定は不慣れな高齢者には難しいが、PLCなら電源コードをコンセントに差し込んだだけで通信ができる。
  • コンセントから家電側は好きにして良いのだが、コンセントの内側は電気工事士の資格がないと触ることはできず、家庭の電灯線で勝手に通信してはいけないと定められている。その規制を部分的に解除してあげることで実証実験をしやすくする。
  • パナソニックもPLCの技術を理論的には理解しているが、実際に使って実証して何の問題が起こるかを確認して解決したいと考えている。そのような連続する問題解決のプロセスが製品開発であり、新たな問題がどこにあるかを確認するプロセスは必要。規制緩和には問題点の気づきがある。それが多様性の源泉になる。
  • 規制をするか/しないかの議論だと、国内に全面的に入れるか入れないかの議論になってしまう。全体としての規制はそのままにしておいて、部分的・時限的に規制緩和をしましょうというのがサンドボックスの趣旨。これによって、日本の高すぎる品質基準と、その対策から制定された規制や日本人のセルフレギュレーションを軽減することが見込まれる。


【サンドボックス制度は生産性向上なのか?生産性は常に善なのか?】
  • アバナシーの「生産性のジレンマ」アメリカ各地のフォードの自動車工場をつぶさに観察していったところ、生産性の悪い工場は新しいアイディアが出てくることに気づいた。生産性を向上させようとすると、無駄をなくすことになり、多様性がなくなってイノベーション起きなくなっていく。これを生産性のジレンマと呼んだ。既存のものではない全く新しいものを生み出すにはトライアンドエラーが必要。それは言い換えれば無駄なのだが、その代わりに様々なことを試すことができる。イノベーションの促進には無駄を許容することが重要。
  • 藤本先生は効率(生産性)と効果(ヒット率)で説明していた。数多くのトライアンドエラーを繰り返して、どれだけヒットを増やせるかというのがポイント。
  • 効率的マネジメントはゴールめがけて一直線で突き進む。将来性が明確に見えている場合は、無駄を排除してまっすぐ進んで最短距離でゴールに到達する方が良い。これは生産性の話
  • 一方で、ゴールが分からず、ゴール候補が複数存在する場合は、本当にどれが真のゴールかを見極めなくてはならない。そのためには多様性を確保することが重要。欧米企業は時間を掛けてゴールを予測するのが得意だが、日本企業はものすごいスピードでトライアンドエラーを繰り返すことで探索を行い、予測の必要性をなくしていると考えられる。
  • 会社で新しいアイディアを上司に持っていくとデータを示せと言われる。従来の事業の延長線上に将来を示せる場合はデータを示した方が良い。効率的なマネジメントに向いている。しかし、トライアンドエラーをして何が正解かが分からないところに入っていくのであれば、データに頼るのは直感的におかしい。
  • イノベーションにおける多様性のマネジメントとは、効率的な無駄の管理のこと。サンドボックス制度による規制緩和の狙いは効率的に伴う生産性向上ではない。限定的な場所で新しいことを試して、失敗しても被害がコントロールできるという無駄の管理に効くのではないか。効果と効率を分けて考えるべき。



【規制によるイノベーション促進】
  • 規制そのものがイノベーションを促すという仮説が存在する。制約された環境の中では競争が激化するので、生き残りをかけてイノベーションが促進される。
  • 規制をすることが目標の設定になっている。企業間の競争の中で、お互いに目的を共有・設定することによってイノベーションが促される「対話としての競争」という考え方もある。
  • シャープとカシオの電卓開発競争やセイコーとシチズンの時計開発競争のようにお互いが切磋琢磨していく。競争があることによって、何をすれば良いかが明確になっている。それがポーター仮説。
  • 規制をかけると、規制の範囲内でしかイノベーションを起こせないが、制約的である反面、何をしなくてはいけないかが明確になる。フロンや排ガス規制によって「フロンを使わない」「排ガス量を抑える」という製品が持つべき価値が明確になる。このように何を目的にすれば良いかが分かり、競争することによってイノベーションが行われる。
  • 環境以外でも規制がイノベーションを加速するケースがある。戦闘機の事例では、アメリカ軍は豊富な予算を持っているため、用途が違う戦闘機が必要となれば別々に開発して作り分ければ良かった。しかし日本の自衛隊では予算が限られている中で、異なる用途を1機種で対応せざるをえなかった。そこで炭素繊維を航空機に採用するというブレイクスルーを実現した。


2種類のイノベーション】
  • 漸進的なイノベーションは少しずつ改良しながら進めていく。不確実性が低く、だいたいの新製品はこのタイプ。企業規模が大きいほど研究開発費を投入することができて有利になる。
  • 逆に高い不確実性のもとで急進的なイノベーションが経営学者の間で研究されている。10年~20年に1回しか直面しないが、大企業が失敗するからクリステンセンがもてはやされる。過去のイノベーションの蓄積が足を引っ張る状況をクリステンセンが想定した。企業がタービュラントな状況に直面したときにどのように乗り切るべきかという問いを立てている。両利きの経営において、1つの企業が柔軟な組織とタイトな組織を使い分ける議論がなされているが、時間軸の中での議論も重要である。
  • シャープが液晶の開発を始めたのは大阪万博のときで、万博のシャープ館に出展するお金を奈良の研究所に回した。シャープは国産テレビ1号機を作った企業だったが、ブラウン管だけは内製化できておらず他社から買ってきて組み立てていた。ポストブラウン管として液晶技術を狙って開発を開始した。しかし、最初から液晶テレビが開発できるわけでもなく、腕時計や電卓、ゲームウォッチ等への採用を進めながらちょっとずつ改良を重ねていった。


【不確実性のマネジメント】
  • 将来の不確実性が低い場合は、DCF法的に将来を予測すれば良い。今までこうやって伸びてきたから、この先もこのように伸びるだろうと外挿して予測する。
  • 不確実性が高くなると、リアルオプション的な開発が有効になる。金融のオプション理論と同じで、将来の不確実性は時間が経てば分かってくる。時間が経ってから意思決定をしていく。
  • さらに不確実性が高くなってオプションすら設定できないほどになると、あらかじめ多様性を確保した上で経験と勘で対処するほかない。論理的に何かを考えられる状況ではない。
  • MITのライカーはセカンドトヨタパラドックスを提唱した。経営学者は「ジレンマ」とか「パラドックス」とか相容れない状況が好き(笑)トヨタほど効率的にものごとをやる会社はなく、前倒しで無駄をなくして素早い意思決定をしている。その中で唯一予測できないことが、お客さんの感性に訴えるデザイン。デザインの工程では前倒しは効かず、できるだけオプションを残しておく。なるべく多くの選択肢を残しておき、進捗に応じて絞り込んでいくことになる。
  • 自動車はこの100年内燃機関でやってきて、その後ハイブリッド・電気・水素などの選択肢が出てきた。一方で、音楽を聴くという技術は蓄音機・レコード・カセットテープ・MDCDMP3・ストリーミングと非連続なイノベーションの連続だった。家電に比べれば、自動車の技術変化は相対的に見て緩やかで将来を予測しやすいとも言える。
  • 孫正義は自分で電子翻訳機を作り、「これからはソフトウェア流通だ!」と言ってソフトバンクを作って出版や携帯に進出した。何をしているかわからないが、最終的には投資家になっている。極めて不確実性が高い中で、さまざまなことにはっておくのはイノベーターかもしれない。1つにオプションを絞っておくのはリスクが高い。そう考えていくと、究極のオープンのイノベーションはソフトバンクかもしれない
  • 不確実性のレベルによって、将来何をしたら良いか?これまではHow to makeの話が多かった。何を作れば良いか分かっているときには、巧みの技を磨いていけば良かった。しかし、これからはWhat to makeの話が重要になる。



【規制のサンドボックス制度の再考】
  • 規制緩和の意義は、生産性向上ではなく多様性を目的としているのではないか。効率性ではなくて効果。無駄を許容しないと新しいものは作れない。これはバランスの話。
  • トヨタは効率よく車を作るのが得意。重量級PMの権限が強く、機能別組織がPMの調整の元で車のコンセプトに合致したエンジンやシャーシを開発していく。一方、マツダはマーケットシェア2%で規模が小さい。最近では値段を上げ、ヨーロッパのように車の名前に数字を使い、高級車のイメージになっている。しかし利益率が上がっていない。これは車をよくするだけでなく、顧客のタッチポイントである販売店も変えようと販売店の改革をしているから。試しにやってみるという無駄を許容することで利益率は下がるが、イノベーションにつながる可能性が高まる。マツダは1つのラインで様々なエンジンを流している。他の会社であれば別ラインで流すのに、ジグの位置に共通項を持たせることで、1本のラインでエンジンを組み立てている。あるところでは無駄を許容し、あるところでは無駄を徹底的に排除していく。このようなバランス感覚が重要。
  • 規制を一度に変えたら多様性がないし、エラーになったときに無駄になる。無駄をコントロールするために制限的な規制緩和をすることは、多様性を確保しつつ、エラーのときのリスクを減らすこと。規制と規制緩和の両利きができる。部分的規制緩和が多様性を担保して、不確実状況下のイノベーションを促進する。
  • 規制緩和だけがイノベーションを促進するわけではない、規制は開発の目的を先鋭化させ明確な目的に向けたイノベーションを促進する。マスキー法への対応では開発目的が先鋭化された。
  • 環境規制が厳しくなると、様々な技術にはっておくスタンスも重要。水素・電気などに幅広く可能性にかけておく。全資源を投入するのではなく、部分的に取り組むことで事故などがあっても最小限に抑えることもできる。開発を進めてみた技術がベストソリューションではないかもしれないという立場でもある。
  • 逆にハイブリッドシステムで燃費を向上させるのは漸進的なイノベーションの話。ゴールが明確に見えているし、中国メーカーなど競合他社が追いつくまでどのくらい時間が掛かるかも見えている。
  • 規制と規制緩和がイノベーションの使い分けになるのではないか。



【考えたこと】
  • 規制によって基準を設けると、企業がその基準を越えられる開発ができるかどうかの競争を促す。これはある意味足切りみたいな基準なので、開発できなかった企業を市場から退出させる効果はあるが、開発できた企業の間で差別化要因になるものではない。排ガス規制をクリアしたからといって、どれだけさらに排ガスを削減できるかで自動車を選ぶ人はいないだろう。規制の設定によって市場の寡占が進んで価格が吊り上がると、消費者にとって良いことばかりとは言えない。
  • どんな規制なら企業の競争力につながるイノベーションが実現するだろうか?足切りハードルをどんどん設けるか?予算制約のように、規制はあるが一定の自由度を担保することが必要だろうか?規制のデザインによって、企業のイノベーションはどのように変動するだろうか?
  • 逆に規制をイノベーションにつなげるために必要な企業の能力は何だろうか?真正面に改善して突破する技術力だろうか?思いもよらぬ方法で規制を骨抜きにしてしまう発想力だろうか?ビール・発泡酒・第3のビールの規制を考えると、結局どこの企業も苦しんでいるような気がする。
  • これからゲノム編集などELSIの問題も重要になってくる。倫理的な規制をどのように捉えれば良いか?サンドボックスは成り立つか?

0 件のコメント:

コメントを投稿