2019年10月31日木曜日

20191029:新たな価値を創造するギャラリスト現代アートギャラリー経営学

WBSものづくり部イベントで鶴野ゆかさんによるアートギャラリー経営学の講演。



現代アートとは

  • 自分たちと同時代を生きる作家による視覚芸術。現代社会の情勢や問題を反映していて、現代性・メッセージを感じさせる作品が多い。
  • 新しい試作や感覚といった新しい価値を追求・提供しており、作品形態は多様。表現手段を問わず、様々な形態がある。絵画・写真・立体・インスタレーション・ビデオ・サウンド・コンセプチュアルアート・パフォーマンスなど。
  • アート投資は大富豪やセレブだけのものではない。ビジネスパーソンの中にも数万円で絵を買う人もいる。5万円で買ったアーティストの作品が、その後何十倍~何百倍の価値になることもあり、そのダイナミズムが魅力。アーティストと同時代を生き、彼ら/彼女らの成長や変化を目の当たりにして楽しむリアルタイム性がある。
  • アートの価格は作家の経歴(個展・グループ展等)や社会的認知度に依存する。オークションだと時価で上がるが、ギャラリーが操作して価格を決めて上げていく。急に値段を上げ過ぎると買い手であるコレクターが付いて来ることができない場合もある。
  • 現代アートかどうか、明確な線引きはないがメッセージ性や見ると分かる。そこにどんなエネルギーや魂が込められているかを感じるもの。
  • 現代アートの見方・楽しみ方には正解も不正解もなく、自由に自分の理解で楽しめば良い。抽象画やコンセプチュアルアートを読み解き、自分なりに解釈するのが好きな人もいる。鳥のさえずりは何を言っているかわからないけど美しい。そんな感じ方でOK




現代アートの例


ピカソのゲルニカ

ゲルニカ市にある実物大のタペストリー(Wikipediaより)

ゲルニカ襲撃の様子を表現していて、苦しんでいる母子なども描いている。ベトナム戦争の反戦活動のシンボルにもなり、現代社会のメッセージを持っている。


マルセル・デュシャンの泉

Fountain(Wikipediaより)

男子用小便器にR.Muttの署名をした1917年の作品。工業製品をオブジェにして古典的な美に疑問を投げかけたコンセプテュアルアート。現代アートの出発点とも言える。


ツルノギャラリーのアーティスト紹介(一部)

ユカ・ツルノ・ギャラリーWebサイトに掲載されている画像を引用してご紹介。

カンディダ・ヘーファー

Candida Hofer,Bibliotheque du CNAM,Paris II 2007,2007,180×146cm,light jet prints

世界中の美しい図書館を撮ってばかりいる70歳のドイツの写真家。
2014年からずっと一緒に仕事をしていて、日本ではツルノのギャラリーにだけ所属している。


狩野哲郎

狩野哲郎,Nature/Ideals,2015,資生堂ギャラリー展示風景

空間全体を作品とする
いったん物が持っている意味を排除して、形だけで環境を作る。そこに鳥を入れて、鳥が環境をどのように認知するかを観察することで、鳥だったら配置した物をどう認知して行動するだろう?と見る人の想像を促す。自分の価値観をゼロにしてものを見ることを狙っている。


大崎のぶゆき

大崎のぶゆき,untitled album photo,2017,90×60cm,Cプリント

人の記憶をテーマに扱っている。それを表現するにはどうすれば良いか?と考えたときに「自分の絵を水に入れて溶かす」着想に至った。他人の思い出の写真を絵に描いて、それを水に入れて溶かして写真を撮る。絵具が溶けて輪郭やぼんやりすることで、抽象化された絵になり、見る者誰もの記憶の一部に重なようになる。人物の絵をオブラートに描いて、水に浮かべて弾けていく様子を見るビデオ作品もある。



山谷佑介

山谷佑介,Tsugi no yoru e #7,2010,8×10inch20.3×25.4cm,ゼラチン・シルバープリント

かつては世界中をバックパックで旅をしていて、自分の生活を自分の目線で白黒写真に収めてきた力のある表現のある写真家。
初個展から世界で注目を集めて多くのメディアでも取り上げられた。自分の人生そのものが作品になっている。そのような強さが評価される現代アートには必要。


安田悠

安田悠,Diaphanous,2018,130.3×162cm,キャンバスに油彩

初めてのコレクションにお薦め。美しく幻想的な頭の中で想像する風景を描く。
息をするようにペインティングするアーティストで、生活と制作が一体化している。


田村友一郎

お面の写真「夢に見る森」
場所の歴史やコンテクストを読み込み、入念なリサーチに基づいた作品の制作を試みるアーティスト。マレーシアの山奥で精霊のお面を作っていることで有名な村に泊まりにいった。お面を作ってもらいたかったのだが、その人が夢で見た精霊のお面を作るので、夢を見ないといけないということになった。
一晩目は夢が見えなかった、二晩目は精霊が降りて来るように皆で祈祷してくれた。その晩に自分が子供たちと遊んでいる夢を見たことを伝えると「精霊はこどもと遊びに来るものだ。君自身が精霊だったんだ」という話になり、お面の堀氏が作家の顔に似せた精霊のお面を作った。こんなストーリーがある作品。


新田友美

新田友美,プシュケー/Psyche, 2018,32×41cm,キャンバスに油彩、クリスタルパウダー

ペイント若手。ゼネコン大手の大林組の会長はアーティストのサポーターとして有名だが、大林組のクリスマスカードに採用してくれた。このような形で各地の美術館にもクリスマスカードが送られることで、新田さんの作品の認知度が上がる場合もある。


アートギャラリーのビジネス構造

  • 全世界のアートマーケットが75000億円、日本国内市場は2460億円程度。日本市場では茶器・骨董品の比率が高く、現代アートが占める割合はごくわずか。
  • アーティストが作品を作り、コレクターが気に入った作品を購入する構造が最もシンプルな物と金の流れ。ギャラリストはギャラリー所属アーティスト作品を展覧会に出して価値を高め、優良なコレクターとつながって両者をマッチングさせて売買を成立させる仲介役を担う。
  • コレクターは現代アーティストを発掘して買い、応援する。アーティストや作品の価値が上がると高く売ることもできるようになる。コレクションを売るのではなく美術館に寄付する人もいて、日本の美術館で発言力がある人も多い。
  • ギャラリストは若手の有望アーティストの発掘を行い、個展やグループ展で見てもらうことでアーティストを育て、良いコレクターと引き合わせることでディールを成立させるプロデューサーの機能も持つ。アーティストとの出会いは、卒展に行って気になったアーティストには名刺を置いていき、それが縁でつながった人もいる。また、アーティストがギャラリーの写真を買ったことがきっかけになり、自分の作品集を持ってきて繋がった人もいた。作品単体ではなく、アーティストという人間を見て判断する。アーティストとしてリスペクトできる人と付き合うことが大事。
  • ギャラリストが良い作品を見抜いて扱うからこそ評価が上がる。強い・美しい・売れそうな作品を扱うことでコレクターもギャラリーの目を信頼して、扱うアートに共感してくれる。
  • ギャラリーには2種類あり、1つは現存作家と直接契約するプライマリーと言い、アーティストの作品を企画展で値段をつけて売っている。そのギャラリーのオーナーのことをギャラリストと呼ぶ。プライマリーから外に出て、市場に出た作品を扱っているギャラリーをセカンダリーと呼ぶ。有名なのはオークションマーケットでクリスティーズ・サザビーズ・フィリップスなど。日本ではプライマリーのギャラリストが本当に少ない。
  • ギャラリストの業務はアーティストの発掘/マネジメント/展覧会の企画・運営/フェアの出展/販売(美術館・財団・個人コレクター・企業など)/メールニュース・SNSGUIDE/オンラインプラットフォームでの情報発信(Artsyartnet
  • 国際美術展はベネチア(イタリア)・ドクメンタ(ドイツ)・マニフェスタ(ヨーロッパ各地)が有名。ここで展示されると作品の価値が上がり、作家の経歴になる。
  • アートフェアはスイスのバーゼルで開催されるArt Baselが有名。世界中の大富豪コレクターたちが一般公開日前のプレビューの日にプライベートジェットで続々とバーゼルにやってくる。初日のプレビューでも参加者にはヒエラルキーがあり、会場に入れる時間が決まっている。一番良い作品は一番良いコレクターが数億円で買ってしまう。これらの勝負が終わった一般公開日には皆リラックスしている。
  • 67回展示の企画運営を行っている。この頻度はギャラリーに所属するアーティストの人数とも関係している。
  • オンラインプラットフォームであるArtsyではプライマリーギャラリーがリストアップされていて、どんな作品があって、どんな値段になっているかを見ることができる。一般広告などは打たず、Web媒体で情報発信を行っている。



ユカ・ツルノ・ギャラリーのこれまでと今後


  • 最初2009年は早稲田で30m2の物件を借りてギャラリーを開いた。リーマンショック後で「ここでよくやるねぇ」と言われるような場所だった。アーティストは3名でコレクターはゼロからスタート。ギャラリーに来た人は皆長居してくれて、良いお客さんと関係ができた。
  • その後、ご縁のあったコレクターが「工場を作るから2階でギャラリーをやらないか?」と提案してくれて東雲に移転した。広くなった新しいギャラリーではワン・ワールド・センターロビーの壁画を描いたニューヨークのホセ・パルラを呼ぶことができた。赤い丸で日本を表現した「NIPPON」を見た財団の会長は「それは日本に置いておかないとね」と、財団のコレクションに入れてくれた。
  • ずっとインディペンデントでやってきたが、他のギャラリーも入っているコンプレックスに入りたいと考え、2016年に寺田倉庫が開発している天王洲エリアに移転した。そこのイニシャルメンバーとなり、家賃はスタートアップ時の3倍になった。現在はギャラリーに所属する作家が17名で、うち海外が3名。作品保存のために倉庫は3つ使っている。
  • 個展やグループ展、国際美術展やフェアに作品を出すには一定の支払いは必ず発生する。しかし、収入面ではアーティストの作品が毎月安定して一定数売れるようなものではなく、収入面でのリスクは高く先が読みにくい。作品が売れたらすぐにアーティストにお金を支払わないといけない。これまでもお金のピンチはあったが、そういうときに限ってホセの作品がポンと売れたりする。いざというときには借り入れできるような準備はしておいたが。



個人的な感想


  • ビジネスの構造としてみると、ギャラリストは卸や仲介、プラットフォーマーのように見える。
  • アーティストが表現したいものを作ることが大前提なので、パッションドリブンというか究極のプロダクトアウト型商品を扱うビジネス。発注者側のニーズを汲んで、描いて欲しいものを描くのは商用イラストレーターなどの仕事になるのだろう。
  • 鶴野さんも指摘しているとおり極めてリスクが高いビジネス。ベンチャーキャピタル投資と比較してみると類似点が多い気がする。コミュニティやネットワークが重要で、内容だけでなく人柄も見て投資を判断するあたり。
  • アートビジネスのキャッシュを担うのは少数のコレクター。アーティストともコレクターとも人脈が最も重要になり、属人的になるのだろうなぁ。
  • ギャラリーどうしの競争や差別化のポイントなどもあるのだろう。特徴は打ち出すけれど、他を見て差別化することはなさそうな感じがした。


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