2019年4月26日金曜日

20190425:イノベーション:不確実性から経営の成果へ

淺羽先生の2019年度企業イノベーション研究会に参加。4月例会は京都大学の武石彰先生。


【イントロダクション】
  • 企業は経営成果を出すためにイノベーションを生み出す。イノベーションの実現自体は途中成果である。事業化まで持っていくこと自体も大変なことだが、事業化に成功したとしても儲かるかどうかは分からない。継続・持続する収益にしていって、経営として意味があったことになる。
  • 事業化に至るまでと事業化後において、うまくいくかわからない不確実性の高い段階で資源を投入できるかが、ゴールに至る鍵となる。



【イノベーションの3つの要素】
  • 革新(種):何か新しい技術革新やアイディア。これは始まりに過ぎない。
  • 価値の創造(花):利益が出ること。途中段階にすぎない。
  • 価値の獲得(実):収益を得続けること。
  • この循環を続けることが企業経営で重要


【先行者優位】

  • イノベーションを実現することは大変。利益が出る市場には後発者が入ってきて競争が始まる。その競争に勝ったところが実を取れる。イノベーションを実現したことが競争に関係ないのであればやる意味がない。誰かがやった後で後発者として参入すれば良い。イノベーションを行う企業は、先行したことが最後まで生かすことが重要。
  • ヤマト運輸の宅急便は大きなイノベーションだったが、事業化した当初は全く利益が出なかった。小包サービスは郵便局がやるものという認識が主だった。しかし、5年ほど続けて利益が出るようになると、35社参入してきた。それでもヤマト運輸は強く、皆が見向きもしなかった時期に先行者優位を作っていた。イノベーションをやって収益獲得まで持っていく大事なパターン。
  • リーバーマン(淺羽先生の師匠)先行者の優位:希少資源を先取り、作り手側・買い手側に先に入った方が優位な状況が出来上がる。先行したからといって、それらの優位を獲得できるわけではない。獲得できるチャンスがあるということ。チャンスを自分のものにできるかどうか、どれだけ頑張って工夫するかにかかっている。不十分だと獲得できない恐れがある。
  • イノベーションとの関わりで考えると、誰かに先行されることが一番多い。全ての会社がイノベーションを起こす確率があるとしたら、先行されたときにどうするかという考えはとても重要。後発者も努力と工夫で上回る余地は残っている。


【イノベーションの実現過程3つの側面】
  1. 知識の創造:新たな知識を生み出す。
  2. 資源動員:ヒト・モノ・カネをつぎ込む アイディアだけなら頭の中でできるが、イノベーションを実現するためには事業の体制が整わないといけない。
  3. 社会革新:広く広まるには標準化や外部関係者を用意しなくてはならない。


  • 資源動員をどうやって実現するか?ここにイノベーションを実現するときに難しい壁がある。そこを抜けていくことが、企業として重要なポイントになる。
  • 経済合理性があれば資源投入を意思決定できる。しかし、イノベーションは革新であるがゆえに難しい。事前には事業で成功するかどうかが分からないため、客観的経済合理性が欠けている。そのため、資源を投入することが難しい。
  • 企業内ではうまく行きそうな既存事業もヒト・モノ・カネを求めている。競争相手がいる、顧客がこう言っているといって資源を分配していく。
  • それを無視して新しい事業に資源を配分するのは難しい。不確実性の高い事業に投資することはやめたほうが良いと新しいアイディアが潰される。しかし、イノベーションを実現するためには資源の動員が必要。
  • ここに難しい矛盾がはらんでいる。儲かる以外で、ヒト・モノ・カネを投入する全うな理由が必要となる。


【イノベーションの理由】
  • 『イノベーションの理由:資源動員の創造的正当化』では大河内賞を取った製品プロジェクトの事例700件近くを分析して、どうやって賞を取るようなイノベーションを起こしたのかを研究した。ブックレビューはこちら
  • スタートから事業化に至るまで平均すると9年くらいかかっている。スタート段階で事業部や本社からの指示(予算)があったものもあれば、研究所では予算がついたけれど、個人の技術者が非公式で始めたものもあった。
  • 要素技術が開発されたあとも、事業化にあたって投資される段階で反対されるケースも多かった。新しい事業に賛成してもらえない。他の役員も様子が分からないからと保留されて投資が認めてもらえない。
  • 当初の想定と違って思ったよりも時間がかかる。23研のうち14件は儲かるかどうかわからないという理由で、経営資源を投入してもらえなかった。これが死の谷。その裏には商品化・事業化できなかった技術たちが無数に眠っている。これらは後に大河内賞を取っているので技術的には評価が高いのだが、それにも関わらず壁にぶつかっている。


【資源動員の難しさ】
  • 多くの人が儲かると思えるものではないが、それでも認められて資源が投入されたことには何らかの理由が必要である。
  • セイコーエプソンのキネティックは、時計をはめて動いている間に充電できる
  • 自動巻腕時計で、90年代前半に発売されて海外向けの基幹商品となった。スタートは82年で、技術者個人がオーストラリアでこっそり作った。精密機械屋として腕時計の中に電池が入ることが許せなくてなんとかしたいと思っていたのが切っ掛けだった。セイコーエプソンでは商品化は服部セイコーが決めることになっているが、商品化しないという決断がなされた。商品化しないので最後の花道としてスイスで発表してくることになったところ、ドイツの現地の日本人社長が「もったいない。電池を変えなくて良い・捨てなくて良い・環境によいという要素があれば、ドイツだと売れていた。環境問題が重要になっていた」と言われ、14ヶ月かけて開発できた。11つのケースに物語がある。
  • 後から見たら世間のニーズに応えた需要プルと言えるかもしれない。しかし、デマンドプルは結果論。その段階で「このような商品が欲しい」という具体的な声はなかったし、担当者も売れるかどうか分からなかった。
  • センスの良いストーリーがあって、説得のプロセスで周りの認知が変わった。また、説得する側も変わっていくプロセスも起こっていた。
  • NAS電池は100年前から挑戦していた大型蓄電池で、元々は水力発電の補助として作られていた。水力発電施設の市場が頭打ちになったが、社長だけは「これからは分散発電・電力自由化が進むから、そのために使え」と背中を押した。20年かけて実現した。
  • ネタを自分たちが持っているが、どれが良いか分からない。何が一番大事かを自分たちが気づいて変更していくこともあった。いろんな支持者を集めていって、必要な資源を集めていった。ほとんどのケースは皆が良いねと思ってくれる以外のプロセスを経ている。


【イノベーションの実現】
  • 「それは儲かるね」と思える客観的経済合理性のある理由ではなく、その人にしか分からない固有の理由が必要。客観に対して固有と呼ぶ。
  • イノベーションになれば客観化するが、それはかなり後のこと。それまではうまくいくか分からない状況で、固有の理由で進んでいく。客観化するのは事業化の段階ではなく、事業化してしばらく経ってから。いったん客観化すると、最大の支持者(お客さん)が現れる。それまでの間は固有の理由で資源を投入し続けなくてはならない。
  • ヤマト運輸の初日の荷物は11個だった。5年掛かって黒字になるところまで持っていった。小倉さんが社内を説得していった。現在では1500万個を扱う規模にまでなっている。
  • 経済として儲からない中で、固有の理由でヒト・モノ・カネを投入していていくことが創造的正当化のパターン。知識創造と資源動員の創造性が必要。
  • イノベーションを実現した人には、3つのルート(1:支持者を増やす 2:理由に働きかける 3:資源動員効率を高める)を総動員している。これらは排他的ではない。支持者を集めていって、頑張ってゴールにたどり着く。
  • 先行者になる確率を高めることが重要。普通の会社は客観的合理性がないからやらない。100%の保証はないが、先行者になれる可能性が高い。先行したにも関わらずうまくいかなかった事例もある。これだけ苦労して創造的正当化したのに、後発者に実を持っていかれる問題は残っている。


【先行者優位のための資源動員】
  • 創造的正当化はその点においても重要な役割を果たす。先行したからといって経営成果を保証するものではないが、先行すると、他者が参入したときに既に「後の祭り」にすることで、競争優位を保つことができる。事業化してから利益が出るまでの間が後の祭りを作る最大のチャンス。事業化・商品化の段階では利益が出ていないが、この期間は儲かるかどうかがわかっていないので、後発者が参入してこない。その間、企業としては大変だけど後発者が入ってこない。入ってきたときに後の祭りにしておく。その間に先行者優位を築く。種にヒト・モノ・カネという肥料をつぎ込んで花になるが、初めての種が花をさかせるかわからない。土から出て芽が出た段階で頑張っておく。
  • 事業化後にしか成功者優位は始まらない。入ってこない段階であれば、後発者はいないけど創造的正当化が必要。事業化後収益を上げ始めるまでの間に資源投入して優位を築く。多くの企業にとって後発者にとってどう臨むかが重要。
  • 花王が洗剤のアタックを発売したとき、ライオンが新商品を出すまで1年掛かった。花王はアタックを売り出してから2-3ヶ月で設備を全部買えた。1年後にライオンが参入してきたときには「ときすでに遅し」となっていた。実は7-8年前に洗剤の小型化をやっていた。花王が先行してライオンが3ヶ月後に参入してきた。しばらく売れていたが、そのまま両社とも売れなくなった。すごく難しい社長の決断。


【まとめ:不確実性と資源動員】
  • イノベーションの最大の特徴は不確実性と資源の動員。不確実な段階で、難しい状況で資源動員を決断しないといけない。そこが鍵になる。不確実へ挑戦したものが報酬を得る権利がある。
  • 資源動員すれば良いという話ではない。資源を動員したけれどゴールにたどり着けなかった例はたくさんある。創造的正当化である限り客観化していない。儲からないものに資源が動員され続けているということ。見分ける答えはない。ただ、客観的経済合理性がないならこれしかない。これを推進しても経済合理性がつくとは限らない。
  • 取締役会では決められない案件を経営トップが意思決定する。トップも「この人が応援してくれているから」と思ってハンコを押す。ハンコを押す人の気持ちを考えなくてはならない。客観的合理性がない中で「こういう根拠があったら押した」と言い訳を作ってあげる。言い訳を作るときに、外部の有識者や内部の
  • ありとあらゆる手段を通じてハンコを押してもらう。
  • デジタルレントゲンの事例では、日本医師会会長に働きかけた。デジタル技術は感度が良くて従来のフィルムよりも条件が広くて撮り直しが少ないことに着目した。「アナログよりもデジタルでやった方が国民の被曝量が少なくて済健康増進で医療費が削減される。デジタルレントゲンを推奨するために保険点数を上げてください」と味方につけて、保険点数を高くすることに成功した。この根拠があってトップの決断を引き出した。
  • 客観的経済合理性で決断するなら、AIで十分。それでだめな意思決定をするのが経営者の仕事。全てをトップが委ねるわけではない。トップが言い訳できるようにしなくてはならない。「わからないけど、これでハンコを押す」という投資の決断をする際には、上の人間は上手に騙してもらいたい。儀式的に最初の申請ではダメという。練り直して3回持ってきても客観的合理性のあるものを持ってくることはない。事前に結果が分かるものしかハンコを押さないならイノベーションは起きない。
  • 事業に失敗しても技術は残る。事業をやらないと技術が育たない。この経験は次につながるかもしれない。イノベーションで大きな成果を出している会社はたくさん失敗している。挑戦したことは次につながる。イノベーションに失敗は必ずつきまとう。どれだけ意味のある失敗をするか?その人たちに経験をさせることも重要。
  • 資源動員の創造的正当化というネゴシエーションのプロセスがうまくいっていない。要素技術開発や事業に乗せるネゴシエーションで失敗している。事業化しても黒字が出るまでに撤退してしまう。中国やアメリカなどはそのプロセスに優位性があるのだろうか?日本企業は合理的に儲かりそうなことばかりやってイノベーションが起きていないのではないか?大ホームランが起きない問題がおきているのでは?(竹内先生)



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